刑罚务中疏
臣窃见元帝初元五年,
轻殊死之刑三十四事,
哀帝建平元年尽四年,
轻殊死者刑八十一事,
其四十二事手杀人者,
皆减死罪一等,
著为常法。
自是以后,
人轻犯法,
吏易杀人,
吏民俱失,
至于不羁。
臣愚以为刑罚不苟务轻,
务其中也。
君人之道,
仁义为主,
仁者爱人,
义者政理,
爱人以除残为务,
政理以去乱为心。
是以五帝有流殛放杀之诛,
三王有大辟刻肌之刑,
所以为除残去乱也。
故孔子称仁者必有勇,
又曰理财政辞,
禁民为非曰义。
高帝受命诛暴,
平荡天下,
制约令,
定法律,
传之后世,
诚得其宜,
可常施行。
文帝宽惠温克,
遭世康平,
因时施恩,
省去肉刑,
除相坐之法,
他皆率由旧章,
天下几致升平。
武帝值中国隆盛,
财力有余,
出兵命将,
征伐远方,
军役数兴,
百姓罢弊,
豪杰犯禁,
奸吏弄法,
故设首匿之科,
著知从之律,
以破朋党,
以惩隐匿。
宣帝聪明正直,
履道握要,
以总御海内,
臣下奉宪,
不失绳墨,
因循先典,
天下称理。
元帝法律,
少所改更,
天下称安。
至孝成孝哀,
承平继体,
即位日浅,
扣断尚寡,
丞相王嘉等,
轻为穿凿,
猥以数年之间,
亏除先帝旧约成律,
凡百有余事,
或不便于理,
或不厌民心。
臣谨表取其尤妨政体害善良者,
傅奏如左。
伏惟陛下苞五常,
履九德,
权时拨乱,
功逾文武,
德侔高皇,
诚宜博施济时。
而反因循季世之末节,
衰微之轨迹,
诚非所以还初反本据元更始也。
愿陛下回神明察,
考量得失,
宣诏有司,
悉举初元建平之所穿凿,
考其轻重,
察其化俗,
足以知政教所处,
择其善者而从之,
其不善者而改之,
定不易之典,
施无穷之法,
天下幸甚。